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東京高等裁判所 昭和39年(ム)1号 判決

再審原告

(第一審・東京地裁昭和二七年(ワ)四九八六号被告、

第二審・東京高裁(ネ)一四四七号被控訴人)

寺田徳平

ほか一名

代理人弁護士

安田信一郎

再審被告

(第一審・東京地裁(ワ)四九八六号原告、

第二審・東京高裁(ネ)一四四七号控訴人)

原田光重

代理人弁護士

岡林良雄

ほか一名

主文

1  当裁判所が当裁判所昭和二九年(ネ)第一四四七号事件につき昭和三〇年八月二七日言渡した判決を取消す。

2  右事件における控訴人(本件再審被告)の控訴を棄却する。

3  右事件の訴訟費用および本件再審費用はすべて本件再審被告の負担とする。

事実

再審原告らの訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、再審被告の訴訟代理人は、再審の請求を却下する、との判決を求め、本案についての控訴の趣旨は後記第二の一のとおりである。

第一、再審の請求について

(再審原告らの訴訟代理人の陳述)

一、当裁判所は、控訴人再審被告、被控訴人再審原告両名間の当裁判所昭和二九年(ネ)第一四四七号土地建物明渡請求控訴事件について、昭和三〇年八月二七日同事件第一審判決を取消し、控訴人の請求を認容する趣旨の判決(以下原判決という)を言渡した。これに対し再審原告らは上告の申立(最高裁判所昭和三〇年(オ)第八六一号)をしたが、昭和三二年七月一九日上告棄却の判決言渡を受け、原判決が確定した。

二、右事件の当事者双方の主張は後記第二に記載のとおりで、原判決は控訴人たる再審被告の主張事実をすべて真実を認定したものであるところ、原判決は、右事実認定の証拠として、別紙目録記載の土地建物の売渡証二通(甲第一・二号証)および同事件第一審証人長谷川善作、同事件第二審証人青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子、同原田千代美(第一回)の各証言を採用したが、右の売渡証二通は再審被告の偽造にかかるもので、同被告はこれを登記原因を証する書面として用いて右土地建物につき再審原告寺田智徳より再審被告への所有権移転登記申請をしたものであり、また右各証人の証言はいずれも虚偽の陳述で、右証人青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子の証言は再審被告から教唆されてしたものであつた。そして再審被告は公正証書原本不実記載・同行使・偽証教唆等の罪により、原田千代美(チユミ)は偽証の罪により、いずれも東京地方裁判所に起訴され、昭和三四年一一月一〇日同裁判所においてそれぞれ有罪の判決(再審被告は懲役四年、原田千代美は同一年)をうけ、同人らは右判決に対し上訴したが、昭和三八年一二月五日それぞれ上告棄却の判決がなされ、右有罪の判決が同年同月一五日の経過によつて確定した。

三、東京地方裁判所が言渡した右刑事判決が、罪となるべき事実として認定した事実のうち、本件に関係のある部分を摘示すると、次のとおりである。

甲、被告人原田光重(以下光重と略称する。)は、

(一)、知人の寺田徳平より同人に対する債権の弁済を受けられなかつたところから、昭和二十六年十一月中旬頃右寺田のため逆井栄一から右寺田徳平の長男智徳所有の東京都大田区新井宿七丁目九十一番地(七十一番地とあるのは誤記と認める。)所在の土地百坪及び同番地所在の作業場兼居宅一棟十二坪を担保として、約七十万円を借り受けるべくその斡旋をして、右金員中より前記債権の弁済を受けようと考え、右逆井に金融を申し込むため寺田徳平をして寺田智徳名義で前記土地及び建物につき各売渡証書の案及び白紙委任状等を作成させたが、右逆井より金融を受けることがきず、その直後徳平が所用のため、前記各書類を智徳に預けて九州に出張したのを奇貨とし、同人より右書類を入手し、これを利用して虚偽の売渡証書を作成した上、右証書に基づき、前記土地、建物を自己の所有名義とする旨の不実の登記をしようと企て、右徳平の実姉明坂ケイに対し、七十万円借りてやるから寺田の土地、建物の書類と実印を持つてくれと申し向け、これを信じた同女を通じ、智徳より、前記各書類及び実印等を入手し、その頃ほしいままに、寺山智徳の記名のある前記売渡証書の金額欄に、土地については「十万円」、建物については「六万円」とそれぞれ記入し、年月日欄いずれも「昭和二十六年十一月十九日」、宛名欄にいずれも「東京都大田区女塚一丁目一番地三原田光重殿」と記入し、あたかも寺田智徳より同被告人に対する売渡証書であるかのような文書二通を作成した上、

(イ)、同年十二月四日同区入新井四丁目百二番地所在の東京法務局大森出張所において、同所係員に対し、建物に関する右売渡証書等を真正に成立したもののように装つて提出し、右建物は同被告人において同年十一月十九日寺田智徳から買い受けた旨虚偽の申立をし、因つて情を知らない右係員をして、公正証書の原本である同出張所欄付の該建物に関する登記簿に、右売買に基づき、同被告人のため所有権取得の登記をする旨不実の記載をさせ、即時同所に備え付けさせてこれを行使し、

(ロ)、同年十二月六日右出張所において同所係員に対し、土地に関する右売渡証書等を真正に成立したもののように装つて提出し、右土地は同被告人において同年十一月十九日寺田智徳より買い受けた旨虚偽の申立をし、因つて情を知らない右係員をして公正証書の原本である同出張所備付の該土地に関する登記簿に、右売買に基づき、同被告人のために所有権取得の登記をする旨不実の記載をさせ、即時同所に備え付けさせてこれを行使し、

(二)(イ)、昭和二十七年十一月末頃同被告人の自宅において当時東京地方裁判所に繋属中の原告同被告人・被告寺田徳平、同智徳の土地建物明渡請求事件につき、昭和二十八年二月十一日の口頭弁論期日に証人として呼出を受けた長谷川善作に対し、同人が昭和二十六年十一月二十一日被告人チユミと共に寺田徳平方に赴き、同被告人と前記智徳との問答及び書類等授受の状況を見聞した事実がないのに拘らず、前記口頭弁論期日に証人として証言する際しては、右日時に、右問答並びに書類等授受の状況を見聞したように虚偽の陳述をして貰いたい旨要請し、右長谷川にこれを承諾させ、因つて同人をして右期日に東京地方裁判所において前記訴訟事件の証人として宣誓の上、被告人光重の要請に基づく前同趣旨の陳述をさせ、

(ロ)、昭和三十年三月二十一日頃同被告人方において、当時東京高等裁判所に繋属中の控訴人同被告人、被控訴人寺田徳平、同智徳の土地建物明渡請求事件につき、同月二十二日の口頭弁論期日に証人として呼出を受けた青柳綜一及び同人妻ハツミの両名に対し、昭和二十六年十二月四日頃右綜一が寺田智徳及び明坂ケイから右智徳所有名義の土地、建物につき、同被告人名義に所有権移転の登記をするために必要な保証人になつて貰いたい旨の依頼を受けたことがないのに拘らず、右両名が前記口頭弁論期日に証人として証言するに際しては、綜一が右日時に右寺田智徳等の依頼に基づき保証人となつたよう虚偽の陳述をして貰いたい旨それぞれ要請し、綜一及びハツミにこれを承諾させ、因つて右両名をして、いずれも右期日に東京高等裁判所において、前記訴訟事件の証人として宣誓の上、それぞれ同被告人の要請に基づく前同旨の虚偽の陳述をさせ、

(ハ)、昭和三十年五月二十日頃より同月二十七日頃までの間数回に亘り、東京都大田区女塚一丁目十二番地和田好子方及び同被告人方において、東京高等裁判所に繋属中の前記訴訟事件につき、同月二十八日の口頭弁論期日に証人として呼出を受けた右和田好子に対し、昭和二十六年十一月頃寺田智徳が同被告人より二十万円を借り受け自宅へ帰る途中当時和田好子が同居していた明坂ケイ方に立ち寄つた事実及び同月十九日寺田徳平が右明坂方に立ち寄り同人に対し、寺田智徳所有の土地建物を同被告人に売り渡したと述べた事実がないのに拘らず、右のような事実があり、これを和田好子が見聞したかのような虚偽の陳述をして貰いたい旨要請し、右好子にこれを承諾させ、因つて同女をして、前記期日に東京高等裁判所において、前叙訴訟事件の証人として宣誓の上、同被告人の右要請に基づく前同趣旨の虚偽の陳述をさせ、

以つていずれも偽証の教唆をし、

乙、被告人チユミは、昭和三十三年三月二十二日東京高等裁判所において、控訴人被告人光重、被控訴人寺田徳平、同智徳の土地建物明渡請求事件の証人として宣誓の上証言したが、その際、昭和二十六年十一月二十一日長谷川善作と共に寺田徳平方を訪れ、智徳より同人所有の東京都大田区新井宿七丁目九十一番地(七十一番地とあるのは誤記と認める。)所在の土地、建物に関する売渡証書等の交付を受けた事実がないのに拘らず、右日時に長谷川善作と同行して寺田徳平方に到り、右智徳より前記証書等の交付を受けた旨虚偽の陳述をして偽証した。

四1、右判決は前記売渡証二通(甲第一・二号証)が再審被告の偽造にかかることを明かに判示しているばかりでなく、そこで処罰の対象とされた公正証書原本不実記載、同行使の罪は右文書偽造罪の成立を前提とし、当然これをも含めて処罪の対象としていると解すべきであるから、再審被告の右文書偽造の行為は民事訴訟法第四二〇条第二項前段の「罰スヘキ行為ニ付有罰ノ判決確定シタルトキ」に当り、本件につき再審の事由となる。

仮りに、右文書偽造行為が、同条同項前段の再審の要件を具備したと認められないとしても、前記のように右偽造行為は前記刑事判決中に明かに認定されているのであるから、検察官によつて証拠欠缺外の理由により不起訴処分に付されたものと解すべきで、かかる場合は、同条同項後段の「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」に当り、やはり再審の事由となると解すべきである。

2、証人長谷川善作、同青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子の偽証行為については、同人らは検察官に対し、この事実を自白し、起訴猶予処分をうけた。しかし、同証人らの証言が虚偽の陳述であることは再審被告に対する右刑事判決中に明かに判示されており、同被告の偽証教唆罪成立の前提とされているのであるから、同証人らの右偽証行為についても同法同条二項前段の「罰スヘキ行為ニ付有罪ノ判決確定シタルトキ」に当るものとして本件につき再審事由となると解すべきである。

仮りに右偽証行為が同条二項前段の再審の要件を具備したと認められないとしても、右事実関係の下においては、少くとも同条二項後段の「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」に当り、本件につき再審の事由となる。

3、証人原田千代美の偽証行為が、本件につき同法同条二項前段の再審事由に当ることは明かである。

五、再審原告らは右各再審事由の存在を昭和三八年一二月二〇日以後に知つた。

(再審被告訴訟代理人の陳述)

一、再審原告ら主張の右一の事実は認める。

同二の事実中、再審被告および原田千代美が再審原告ら主張の事実につき有罪の判決をうけ、この判決が同主張の日に確定したことは認めるが、再審被告が再審原告ら主張の売渡証二通を偽造したことおよび証人長谷川善作、同青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子、同原田千代美の再審原告ら主張の各証言が、虚偽の陳述であることはいずれも否認する。

同三は認める。

同四の主張はすべて争う。

同五の事実は否認する。再審原告らは、再審被告および原田千代美に対する前記被告事件の判決が確定した昭和三八年一二月一五日頃に、その主張の再審事由の存在を知つた。

二1、再審被告に対する右刑事判決は、同被告の公正証書原本不実記載、同行使の罪について処罰したけれども、同被告が本件売渡証二通を偽造したとまでは判示しておらず、右文書偽造行為を罰すべき行為として、これにつき有罪の判決をしたものでもない。したがつて、再審原告主張の右文書偽造行為につき再審事由に該当しない。

2、再審原告らは、原判決に対する上告審において、右売渡証二通が偽造にかかる事実を、上告理由として主張したから、更にこれを本件再審の事由として主張することは許されない。

三1、再審原告ら主張の証人長谷川善作、同青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子は別に偽証罪として有罪の判決を受けたわけではなく、単に再審被告が同人らに対する偽証教唆の罪について処罰されたにすぎない。したがつて、同証人らについて再審事由の存在を言う余地はない。

2、再審原告らの主張する証人長谷川善作、同原田千代美の虚偽の陳述は、右両名が昭和二六年一一月二一日再審原告徳平方に赴き、再審原告智徳から、売渡証書などの交付をうけた事実に関するものであるが、原判決はこれらの事実については何らの判断を示しておらず、他の証拠によつて再審被告の主張事実を十分認定しうると判断したものであるから、同証人らの右陳述が虚偽であつたとしても、再審被告の請求を認容すべきものとした原判決の結論に何らの影響も及ぼさない。

また、原判決はその事実認定について、証人長谷川善作の証言を証拠として採用しておらず、したがつてまた証人原田千代美の右証言も証拠として採用されていないことが明らかであるから、同証人らの証言について再審事由は存しない。

3、原判決が証人和田好子の証言を証拠として採用したのは、本件売渡証二通が偽造にかかるものであるとの再審原告らの主張を判断するにつき関係のある部分のみで、同証人の証言のうち、前記刑事判決が同証人の虚偽の陳述と認定した部分ではなく、主要事実の認定のため採用されたものでもない。

4、再審原告らの主張する証人青柳綜一、同青柳ハツミの偽証は、同人らが昭和二六年一二月四日再審原告智徳および訴外明坂ケイから、別紙目録記載の土地の所有権移転登記申請をするため必要な保証人になつてもらいたい、との依頼をうけた事実に関するが、原判決はかかる事実について判断しておらず、右証言は原判決の事実認定に全く関係がない。

5、なお、証人原田千代美、同和田好子の証言については、再審原告らは、原判決に対する上告の理由として、それがいずれも虚偽の陳述であることを主張したから、更にこれを本件再審の事由として主張することは許されない。

第二、本案について

一、再審被告(控訴人・以下本案については、再審被告を控訴人といい、再審原告を被控訴人という)の訴訟代理人は「本件第一審判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し別紙目録記載の土地建物を明渡せ。被控訴人らは控訴人に対し昭和二七年二月一九日から右土地建物の明渡ずみに至るまで一カ月につき金一三四九円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決と仮執行宣言を求めた。

二、当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において「本件土地建物の売買代金一六万円は、控訴人が同時に訴外明坂ケイから買受けた同人所有の建物の代金一〇万円と併せ、この合計二六万円につき、第一審判決事実摘示の請求原因(一)の(イ)および(ロ)の債権と対当額において合意相殺することによつて完済した」と訂正したほかは、本件第一審判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

第三、証拠《省略》

理由

第一、再審請求について。

一、再審原告主張の前記第一の一の事実は、本件記録(東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第四九八六号、東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第一四四七号、最高裁判所昭和三〇年(オ)第八六一号事件記録)により明かである。

二、再審原告主張の各再審事由について。

再審被告が公正証書原本不実記載・同行使・偽証教唆などの罪により、原田千代美(チユミ)が偽証の罪により、いずれも昭和三四年一一月一〇日東京地方裁判所において有罪の判決(再審被告が懲役四年、原田千代美が同一年)をうけ、同判決内容のうち本件に関係のある部分が前記第一の三のとおりであること、右両名がこれに対し控訴・上告をしたが、いずれも棄却され(上告審の判決言渡日は昭和三八年一二月五日)、同年一二月一五日の経過によつて右有罪の判決が確定したこと、はすべて当事者間に争いがない。

1、甲第一・二号証が偽造にかかるものであるとの点について。

(イ) 本件の本案に関する当事者双方の後記各主張によると、昭和二六年一一月一九日に、売主再審原告寺田智徳(代理人同寺田徳平)買主再審被告間において、別紙目録記載の土地建物を対象とする売買契約が成立したか否かの点が本件における唯一の争点になつていると認められるところ、原判決が右の争点の判断について右甲第一・二号証を証拠として採用していることは、同判決書の理由の記載により明かである。そして、右甲第一・二号証の記載内容をみると、それはいずれも右売買契約につき作成された契約書として、売買契約の成立を直接に立証する資料となるものであるから、これらの書証の成立の真否は、原判決の結論に最も重要な影響をおよぼすことが明かである。

(ロ) 再審被告に対する前記刑事判決の甲(一)の記載と右甲第一・二号証の記載とを対照すると、両判決が、再審被告においてほしいままに金額、作成年月日、名宛人の記入をして作成した、と認定した文書二通が、右甲第一・二号証であることが明かである。

(ハ) 再審原告らは、右甲第一・二号証について、民事訴訟法第四二〇条第一項六号、第二項前段により再審事由となると主張するが、右刑事判決(成立に争のない新甲第二号証)の前記罪となるべき事実の記載および法令の適用欄の記載ならびに成立に争のない新甲第二五号証(再審被告に対する起訴状)によると、再審被告が右文書二通に関して有罪とされたのは、同被告が昭和二六年一二月四日および同年同月六日東京法務局大森出張所において同所係員に対し右売渡証等を真正に成立したもののように装つて提出し、同被告が本件土地建物を同年一一月一九日再審原告智徳より買受けた旨虚偽の申立をし、よつて情を知らない右係員をして公正証書の原本である同所備付の右土地建物に関する登記簿に同被告のため所有権取得の不実の記載をさせ、即時同所に備え付けさせてこれを行使した、という公正証書原本不実記載・同行使の罪についてであつて、右文書二通を偽造した行為自体は処罰の対象とされていないことが明らかである。したがつて、再審被告の右甲第一・二号証の偽造行為は、これについて「有罪ノ判決確定シタルトキ」に当るものとして、本件につき再審事由となる、という再審原告らの主張は採用しえない。

(ニ) しかし、いずれも成立に争のない新甲第三・第四・第六・第七・第八・第一〇・第一一・第一三・第一四・第一五号証の各記載内容および第一審証人明坂ケイ、第二審証人寺田ステ、再審証人青柳綜一、同和田好子、同青柳ハツミ同長谷川善作の各証言ならびに第一・二審における再審原告寺田智徳、同寺田徳平の各本人尋問の結果を綜合すると、再審被告が前記刑事判決の甲(一)に認定されたようにして、右甲第一・二号証を偽造し、これを用いて虚偽の登記申請をした事実が認められる。甲第五・六号証の寺田徳平同智徳の署名部分以外の部分の成立に関する第二審証人原田千代美(第一回)の証言は採用しえず、前記証拠によると、同号証の同部分はやはり再審被告が再審原告らの意思に基かずして作成したものであることが認められ、新乙第四号証、新乙第五号証の二、新乙第六号証の二、新乙第七号証の二の各記載内容、第一・二審および再審証人原田千代美(第二審は第一・二回)、第二審証人青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子、再審証人鈴木遵の各証言および第一・二審ならびに再審における再審被告(第一審は第一・二回)原田光重の本人尋問の結果は、前記各証拠に照して採用しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかるに、右書証の偽造行為が罰すべきものとして起訴されず、したがつてこれについて有罪の判決がえられなかつたのは、起訴便宜主義にもとづく検察官の事件取扱の方針によるものと解せられるが、以上のように、右書証の偽造にかかるものであることが、証拠によつて明確に認定することができ、偽造者の他の犯罪成立の前提行為として、右犯罪についてされた確定判決中に認定されている場合には、右書証の偽造行為は、民事訴訟法第四二〇条二項後段の「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」にあたり、再審の事由となると解すべきである。

(ホ) そして、本件において、右甲第一・二号証が偽造されたものであることについて、再審の要件を具備するに至つた日は、同条第二項前段の場合と対比して考えると、再審被告に対する前記刑事判決が確定した昭和三八年一二月一五日と解するのが相当であるところ、再審における再審原告寺田徳平の第二回本人尋問の結果によると、再審原告らが右刑事判決確定の事実を知つたのは、同年一二月二〇日頃であることが認められ、記録によれば、本件再審の訴提起の日が、それより三〇日の再審期間の経過前である昭和三九年一月一六日であることが明白である。

2、第一審証人長谷川善作の虚偽の陳述であつた点について。

原判決を仔細に検討しても同判決が右証人の証言を証拠として採用した形跡が見当らないから、同証言について再審事由の存在をいう再審原告らの主張は採用しえない。

3、第二審証人青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子の各証言が虚偽の陳述であつた点について。

再審被告に対する前記刑事判決が、同被告の偽証教唆罪成立の前提事実として、右証人青柳綜一、同青柳ハツミが「昭和二六年一二月四日頃右青柳綜一が再審原告寺田智徳および訴外明坂ケイから右智徳所有の本件土地建物につき、同被告名義に所有権移転の登記をするために必要な保証人になつて貰いたい旨の依頼をうけたことがないのに、綜一が右依頼に基づいてその保証人となつた」という趣旨の、また右証人和田好子が「昭和二六年一一月頃再審原告智徳が再審被告より二〇万円を借受け自宅に帰る途中当時右和田好子が同居していた明坂ケイ方に立ち寄つた事実および同月一九日再審原告徳平が右明坂ケイ方に立ち寄り同人に対し、再審原告智徳所有の本件土地建物を再審被告に売渡したと述べた事実がないのに、右のような事実があり、これを右証人和田好子が見聞した」という趣旨の、各偽証をした事実を認定していることは、前記のとおりである。そして同証人らが右各偽証の罪について東京地方検察庁検察官から起訴猶予処分を受けたことは当事者間に争いがない。

しかし、右青柳綜一、同ハツミの証言は、本件の本案における争点である「昭和二六年一一月一九日再審原告智徳と再審被告間に別紙目録記載の土地建物を対象とする売買契約が成立」したか否かの主要事実に関するものではなく、右主要事実を推認する資料となる間接事実に関するものにすぎず、右の間接事実自体は原判決の認定した事実の中に示されてはいない。そして、原判決が右事実認定について採用した他の証拠を仔細に検討してみると、右両証人の証言が、原判決の心証形成の一資料となつたことはもとより否定しえないけれども、その結論を左右する程の重要性をもつていたとは到底断言することができない。また、原判決が証人和田好子の証言を証拠として採用したのは、再審原告らの、甲第一・二号証が偽造であるとの主張を排斥する資料として「再審原告らと共に再審被告に対し連帯債務を負担していた明坂ケイが右債務弁済のため同人所有の家屋を再審被告に売渡し、その登記手続および家屋の明渡をすませていた」との、および「再審被告が昭和二七年二月八日再審原告両名にあて本件土地建物を同年同月一八日正午までに明渡すことを求める書面を作成し、これを和田好子をして再審原告徳平方に持参せしめたが、徳平はこれを受け取らなかつたので同日右趣旨を記載した郵便はがきを再審原告らあてに発送した」との各事実認定をするについてであつて、前者は本件の主要事実の認定に関する一事情(間接事実)にすぎず、原判決の理由の記載を検討してみると、右事実の有無が主要事実の認定について、これを左右する程の重要性を持つていたとは考えられないし、後者は本件の附帯の請求(損害金の請求)に関するものであり、しかも右事実のうちこの請求に関して必要なのは、再審被告が再審原告らに対し、郵便はがきで明渡を求めた事実だけで、これよりさき再審被告が、和田好子を使として、再審原告らに明渡を求める書面を持参せしめた、との点は右に至る事情をすぎないと考えられるのであるが、証人和田好子の証言中に、再審被告が郵便はがきで右の明渡を求めた事実の認定の資料となるような部分は見当らない。

されば、右証人青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子の証言が虚偽のものであつたことは、この点に関するその余の主張について判断するまでもなく、本件につき再審事由たりえないといわざるをえない。

4、第二審証人(第一回)原田千代美の証言が虚偽の陳述であつた点について。

同証人の証言が虚偽の陳述として有罪となつたのは「昭和二六年一一月二一日に長谷川善作と共に再審原告徳平方を訪れ、再審原告智徳より同人所有の別紙目録記載の土地建物に関する売渡証書等の交付を受けた事実がないのに拘らず、右日時に長谷川善作と同行して徳平方に到り、右智徳より前記証書等の交付を受けた旨虚偽の陳述をした」との点に関するものであつて、原判決は甲第一・二号証中の不動産の表示、本文および再審原告智徳の署名部分以外の部分、ならびに甲第五・六号証の署名部分以外の部分の各成立の真正を認定するにつき、唯一の証拠として右原田千代美の証言を採用し、更に本件の請求原因事実を認定するについて、他の証拠とともに、右証言を採用し、その事実認定中に、本件売買契約の締結につき当事者(再審原告智徳の代理人の同徳平と再審被告)間に合意の成立した事実を認定したのち「両者の間に売渡証等(甲第一・二号証、甲第五・六号証、甲第二七号証)が作成されたが、徳平は右書類を智徳に示したいからと言つて一旦持ち帰えつた。その後再審被告は右書類を智徳から原田千代美を通じて受け取り、これを使用して右売買による所有権移転登記を了した」という趣旨の認定をし、その一部に原田千代美の右証言内容をそのまま採用したと思われる事実認定をしている。右甲第一・二号証および甲第五・六号証は、いずれも本件の主要事実の立証につき、直接の最も重要な資料となるものであり、また右証言内容である、再審原告智徳が、任意に、前記売渡証などの書類を再審被告の使の原田千代美に交付した事実の存在は、再審原告らが右売買契約の締結を承諾していた事実を推認させる重要な間接事実たる意義をもつわけである。

以上のように考えると、証人原田千代美の前記証言が虚偽であつたことは、本件について民事訴訟法第四二〇条第一項七号第二項前段に該当するものとして、再審の事由となると解すべきである。

そして、再審における再審原告寺田徳平の第二回本人尋問の結果によると、再審原告らが原田千代美に対する前記刑事判決の確定を知つたのは、昭和三八年一二月二〇日頃であることが認められ、本件再審の訴提起の日がそれより三〇日の再審期間の経過前である昭和三九年一月一六日であることが記録上明かである。

三、されば再審原告らの本件再審請求は、証人長谷川善作、同青柳綜一、同青柳ハツミ、同和田好子の偽証については理由がないが、甲第一・二号証が偽造文書であること、および証人原田千代美の証言が偽証であつたことについて理由があるといわなければならない。

再審被告は、再審原告らが原判決に対する上告審において、右甲第一・二号証が偽造にかかること、および証人原田千代美の右証言が虚偽であることを主張したから、更に再審の訴を提起することは許されない、と主張するが、民事訴訟法第四二〇条第一項の「上訴ニ依リ其ノ事由ヲ主張シタルトキ」とは、単に当事者が上告審で右の程度の主張をしただけでは足りず、再審の要件に該当するすべての事実を主張した場合でなければならないと解すべきところ、前記のとおり、本件において以上認定の再審の要件を具備するに至つたのは、原判決に対する上告審の判決言渡(昭和三二年七月一九日)の後である昭和三八年一二月一五日で、再審原告らは右上告審において右再審事由の主張をすることができなかつたわけである。したがつて、再審被告の右主張は理由がないこと明かである。

第二、本案について。《省略》(小川善吉 松永信和 川口富男)

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